2016年04月16日

英語教育との闘い

英会話体得研究家プロフィール」に綴った、英語教育との闘いについての詳細・補足です。

 中学・高校では、毎日、英語教育と帰国子女至上主義との闘いでした。クラスの3分の1以上が帰国子女。帰国子女教育が充実していることで有名な学校です。教員たちは「英語が一番できる生徒は帰国子女」というのが大前提でした。

 私の英語力はないものとして扱われました。特に「帰国子女ではない英語教員」は、帰国子女でもないのに英語ができる私のことがおもしろくありません。私が帰国子女と同じように発音がいいことも我慢ならないのです。座席の順に先生が指示する「教科書の音読」も、私だけが飛ばされ、発音が良いことはクラスの生徒たちにできるだけ隠されました。それでも見てくれている子はいますから、クラスメイトのなかには私の能力を評価してくれる子がいたことは救いです。

 こうも無視されてはくやしいので、せめて数字で証拠を残してやるっ! ということで、英語だけは6年間学年トップを維持しました。それでも6年間毎回100点というのは無理です。私が100点を取れなかった時や、クラスで私が最高点ではない時だけ、クラスの最高点を発表をするといういじわるもありました。

 英語の授業が簡単すぎて退屈でした。新しいことが何一つないのに、毎日2コマくらい我慢するのは苦痛です。しかも先生には(誰も気付かないレベルで)いじわるをされる。まじめに机に座っているのがばからしくなり、英語の時間は違う本を読んだり、漫画を書いたりしていました。英語は好きなのに学校の英語が憎い! くらいの状態になってしまい、これでは誰も得をしません。私は、帰国子女向けの授業を取りたいと希望しました。

 英語教員たちは困り顔です。帰国子女向けのクラスだから一般生はムリと言われました。そのとき、私の英語力を知ってくれていた非常勤講師がいたので相談してみると、こんど英語科教員の大きな会議があるから、そのときに話し合うように頼んでみると言ってくれました。会議の結果、「前例がない」という理由だけで却下になりました。

 あれこれ書いたらキリがありませんが、こんな6年間の英語人生でした。一名だけ上智大学英語学科の指定校推薦枠がありましたが、私は残念ながら選ばれませんでした。「上智への指定校推薦は、基本的に帰国子女を推薦することにしている」と言われたに時はもう、身体に力が入りませんでした。バッタリ。
posted by 超英会話トレーニング at 00:00| 日記